『 あなた と わたし と ― (3) ― 』
ふう ・・・・
フランソワーズは そっと息を吐いた。
手首に付けられていた妙な拘束具は 外されている。
・・・ 痛いなあ ・・・
― え。 わたし 痛い のよね?
わたし。 003 なのよ?
それなのに < 痛い > って
・・・ ヘンじゃない?
アレは 何だったの?
手首に残る赤い痕をじっと見つめた。
003 なのだ。 サイボーグなのだ。
生身に近い、とはいえ常人よりもずっと強健な身体のはず ・・・
簡単な拘束具など すぐに壊せるし皮膚に痕が残ることなど
ないのである。
わたしが ニンゲンじゃない ってわかっている??
「 あ まだ 手が痛い? 」
少年が心配そうな顔になる。
「 あ ・・・ ううん もう大丈夫よ
フィルが外してくれたから ・・・ 」
「 ・・・ よかった ・・・ 」
「 ねえ あなた達は ― なんなの?? ここは どこ 」
「 僕たちの世界 ・・・ 」
「 ・・・せかい? あなた達は ・・・そのう ここで
暮らしているの 」
「 うん。 」
「 なぜ わたしを・・・? わたし なにもできないわ。 」
「 ・・・ ごめんね。 」
「 なぜ 謝るの? 」
「 え だって ・・・ 」
彼はしばらく言葉を探しているみたいだったが
顔を上げて はっきりとした口調で言った。
「 僕たちは ― ここを出たい 普通に暮らしたい 」
「 ここは あなた達の世界は < 普通 > では ないの? 」
「 < 普通 > って よくわからないけど。
でも ここは ・・・ ここは酷すぎる・・・ 僕たち 皆 もう限界なんだ 」
「 皆 ・・・? あなたの家族や友達のこと? 」
「 かぞく? わからない ・・・ けど。
どうして僕達は・・ こんな酷いトコロに居なければならない?
どうして僕達だけが ・・・ 苦しまなければならない?
・・・ イヤだ。 イヤなんだ。
僕達は ここを出て君が来たトコロで生きたい。 」
「 フィル ・・・ わたしが来たトコロって ・・・? 」
「 だから ・・・ 仲間たちはこっそり・・入れ替わったりしているよ 」
「 入れ替わる?? だ だれと ・・・ 」
フランソワーズは 声の震えを止めることができなかった。
「 ― 君達と。 そっちの世界のヒトと。
― 君達の世界に出てゆくために。 」
「 う そ ・・・ 」
「 ・・・ そのためにも 君は ― 切り札 なんだって 」
「 き 切り札??? なに・・・ なんのために? 」
「 だから その・・・ 僕達が そっちに出てゆくために ・・・
僕達みんなの意見をまとめるためにも 」
「 ええ ・・?? 」
「 そっちの世界で 生きてゆきたい ・・・ 僕たち 皆! 」
少年は 一点を見つめ立ち尽くしている。
たった今までの あやふやで頼りなげな雰囲気は 消えていた。
行くんだ。 僕たち。
彼の姿全体から 強い意志があふれ出ている。
「 ・・・ フィル ・・・ 」
・・・ ああ ・・・?
わたし ・・・ どこかで いつか
同じこと 聞いたわ?
どこで・・・? いつ・・・
あ。 そうよ あの少女が ―
不意に色素の薄い銀色に近い髪、大きな瞳の少女の顔が浮かんできた。
あれは ― いつのこと?
そう・・ 地の底 だわ・・・
ワタシタチダッテ
アカルイ太陽ノ光ガ欲シイ
緑ノソヨ風ガ 欲シイ !
そう叫んでいた少女 地の底に散った少女 ・・・
固い意志で生きていた彼女は 殺された、 ボロ布のように・・・
彼女は ― 彼女の人生は なんだったというのだろう。
・・・ ごめん ・・・
わたし 涙する価値 ないわね
利己的だって わかってる ・・・
自分のことしか考えてないわ わたし。
でも でも
わたしの生きている世界に
帰して !!!
「 ・・・ ここから 出して 〜〜〜 !!! 」
最大出力で 叫んでみたが ― たちまち周囲の靄に吸収されてしまった。
混沌とした世界は 彼女の叫びをそして彼女自身を 閉じ込めるのだった。
*********
カチカチカチ チチチ −−−−−
アパルトマンの居間に そのアナログな音だけが響く。
コンコンコン ・・ ガチャ。 ドアが開く。
「 どうぞ? 狭いトコですいませんが 」
長身の金髪男性が 客人たちを招きいれる。
「 おう これはこれは〜〜 お招き頂いて忝い〜〜
お邪魔いしますぞ。 」
りゅうとした背広姿のイギリス紳士は さっと帽子に手をあて
目礼をし 入ってきた。
「 ・・・あ あ〜〜〜 の 」
茶髪の少年が おずおずと続く。 大きな <荷物> を大事に抱えて・・
「 おい ちゃんと挨拶せんか。 ボーイ 」
「 あ あ あの ハイ コンニチワ 」
ぐい、と脇腹を突かれ彼は慌てて呟いた。
「 ― 入ってください。 」
部屋の主は 焦ってはいないが 客人たちを促した。
「 とにかく ― ウチなら なんとか 」
バタン。 ドアは静かに しっかりと 閉められた。
「 ・・・ 紅茶でなくて申し訳ないですが 」
金髪の男性が 結構慣れた様子でトレイを運んできた。
「 おう? いやいや これは美味そうだ 」
紳士はソファでゆったりと寛いでいたが 腰を浮かし受け取った。
「 〜〜〜 ん 巴里の味 ですかな 」
「 お口に合いますか 」
「 勿論。 ・・・ ああ これは彼女の淹れるオ・レの味 です 」
「 ・・ そ そうですか ・・・ あ? 」
男性は 紳士をじっと見つめた。
「 ― 大丈夫。 落ち着いています。
先ほど 日本と連絡がつきました。 」
「 そ そうですか・・・・! よかった ・・・ 」
「 まあ 油断は禁物 ですがね 」
「 あ はあ 」
カチカチカチカチ −−−−
言葉が途切れると 時計の音が大きく聞こえる。
「 ・・・ ん? ・・・ 合ってない ですが? 」
「 え ・・・あ ああ 」
男性は紳士の視線を追い すぐに気付いた。
「 ― ええ。 もともと 動かなくて。
昔 亡父が蚤の市で買ってきたアンティークもどき で 」
「 ほう? しかし 今 一応動いていますぞ? 」
「 そうなんです。 まあ しかし時計としてではなく
飾り、リビングの調度品として 俺達は眺めていました。
ファンのヤツが お気に入りで ね・・・
よく、側にいって じ〜っと眺めていましたよ 」
「 ほう 」
「 親父たちが亡くなった後も ずっと ね。 楽しそうに ・・・
なにが気に入ったのか 言わないんだけど。
それが ― あの日 」
「 あの日 ・・・? 」
「 ええ。 ・・・ その ・・・ アイツが拉致された あの日 」
「 え ・・・ ヤツらに・・? 」
「 俺が ぼろぼろになって もう 日付が変わる頃に 」
ガチャ ・・・ ドサ。
ジャンは身体でドアを開け よろめきつつ部屋に入った。
「 ・・・ くっそぉ 〜〜〜〜〜〜 ・・・・ 」
もう悪態をつく気力も なくなりかけていた。
ドン。
居間の床に荷物を投げ出しソファに転がり込もう、とした時。
カチ カチ カチ カチ −−−−
「 ・・・ ん? なんだ ・・・ なんの音・・・ 」
あ。
物憂げに部屋中を見回していたが 視線が止まった。
「 ・・・ と 時計が。 ファンが好きな あの時計 が
ずっとずっと動かなかった のに 」
ジャンは半ば這いずりつつ 飾り棚に近寄った。
カチカチカチ −−− 誰もいない部屋に確かな音が響く。
それは単調で何の感情もなく ただただ規則的に続くだけ、の音だった。
― そう ・・・ 誰の胸にもある心臓の鼓動のように。
「 ・・・ なん だ ・・・ 突然 ・・・
この前 出掛ける時だって 止まったままだったはず ・・・ 」
ジャンはなにかに憑かれたがごとく 時計を凝視していたが ―
・・・ !!! そ うか!
ファンは 生きてる ! 生きてるんだ!!
どこかで 必ず生きてる ・・・ !
彼は ぼろぼろの心身だったが ほんの一点 灯が点った。
ああ 妹は 生きている。
生きている ・・!
ファン! 必ず助けてやる !!!
― 以来 彼はこの灯を糧に生きてきた。
「 ― その時から コレは動いているのです。
なぜかまったく違った時間を指していますが ・・・ 」
「 ・・・ ほう ・・・ なるほど ・・・
」
「 可笑しいと思われるでしょうが ― 俺は時計を直す気になれません。
コレが動いている限り ・・・その ・・・
ファンは 無事なのだ、と 思えてならないのです。 」
「 ムッシュウ。 貴君が信じるのであれば それは真実になる。 」
「 ミスタ・ブリテン ・・・ 」
「 妹御は − 必ず戻りましょう 」
「 ・・・ そう 信じています。 」
「 ・・・ 」
イギリス紳士は ぽん・・・と パリジャンの肩に手を当てた。
時計は 動いている。 そして 彼女の生命も。
「 ・・・ あ? 」
グレートは 一瞬新聞紙面から顔を上げた。
彼はそっとこの部屋の住人の様子を伺い、安堵した。
金髪のパリジャンは こちらに背を向け調理の準備をしている。
・・・ 気づかれずにすんだ か
こっそり 脳波通信を受け取りつつグレートは苦笑してしまった。
なんだ なんだ ・・・ 芸人たるものが。
平静を装えず なにが芝居だ?
ふん。 まだまだだな 吾輩も
≪ ?? グレート?? なんだい まだまだ って ≫
≪ おう ボーイ 失礼。 なに こっちのコトだ。
それで なにか進展はあったか ≫
≪ うん! 博士と連絡が取れた。 とりあえずの処方をもらったよ ≫
≪ そうか! それで ・・・? ≫
≪ アメリカにいるイワン経由で 送ってもらえた。 ≫
≪ お〜〜 さすが イワン坊〜〜 よかったなあ ≫
≪ ・・・ うん ・・・ ≫
≪ なんだ どうした ≫
≪ まだ わからないんだ ・・・ どうなるか ≫
≪ ううむ ・・・ 左様か。 待とう!
果報は寝て待て というではないか ≫
≪ ・・・ 博士も そう言ってた ・・・ イワンも ≫
≪ うむ ジョー 試練だな ≫
≪ ・・・ あ お兄さんは なんて? ≫
≪ ちょいといいハナシ、聞いたぞ。 あとで教えてやる ≫
≪ え〜〜〜 今 教えてくれよう〜 ≫
≪ 今はな お前さんも少し休め。 ≫
≪ ぼくらは ! ≫
≪ 休め。 そして寝ろ。 これは年長者からのアドバイスだぞ ≫
≪ ・・・ う うん ・・・ ワカッタ ≫
≪ お休み ベイビ〜 交代要員を送る 安心しろ ≫
≪ ・・・ ん ≫
「 さて ・・・と 」
グレートは通信をoffすると バサリ、と新聞を閉じた。
「 あ〜 ムッシュウ? 少々伺いたいのですが 」
「 ・・・ これで・・・っと え あ?
はあ なにか ・・・ ミスタ・ブリテン 」
ジャンは コーヒー豆の袋を持ったまま 振り向いた。
「 ふ・・・ いい香ですな 」
「 あ? ああ この豆ですか それはよかった
」
「 楽しみです。 ― ときに 一つ 伺いたいのですが 」
「 ?? なんでしょうか 」
「 ムッシュウが 遭遇された件ですよ ― 例の 空で 」
「 ああ はい。 実は あの後 航空博物館に行ったのです 」
「 博物館 ・・? 」
「 はい。 どうしても気になって ― アレが 」
「 おお それで首尾は ? 」
「 アレは ちゃんと < 有り > ました。 」
「 それは ― ずっと展示してあった、ということですか 」
「 そうです、古色蒼然としたその複葉機ですが
もちろん展示されて以来 一度も移動はしていない とのことでした。
そして ― 翼の先が破損していました。 」
「 それ が・・? 」
「 はい。 俺の機と接触した 跡 です。 これは確かですよ
接触したのは その前日だったのですからね 」
「 う〜〜む ・・・ 」
「 完全に 時空軸が捻じ曲げられているのか ・・・
異次元世界と交雑してるのか 」
「 ううむ ・・・ それは多分にSFめいてきますなあ 」
「 俺だって実際に遭遇していなければ 信じません。
しかし ― 今回は自分が操縦していましたからね 記録もある。 」
「 う〜〜〜む ・・・ しかし その時間 その空間に存在する機は 」
「 おっしゃる通り、 ナシ なのです 」
「 う〜〜む ・・・ 呻るしかありませんな 」
「 はい。 ファン・・・・いや 妹は 」
「 どうあっても こちら側 に引き戻します。 」
「 お願いします ・・・ 」
「 ムッシュウ、 ちょいとお願いがありましてな 」
「 はい? 」
ジャンは 耳打ちをされると ― 音もさせずに部屋から飛び出していった。
「 ・・ ほう ・・・ ニッポンのニンジャ だな 」
グレートは 静かに居間のドアを閉めた。
**************************
どのくらい 時間が経ったのか ― 今は 何時 なのか
確かなものはなにもない。
なにもかもが 混沌とした灰色の靄のなかに浮遊しているのだ。
「 ― 出て。 フランソワーズ 」
フィリップが こそ・・・っと呟いた。
「 もうじき 出口 が開く。 ほんの短時間だけど。
僕の代わりに 外にでるんだ 」
「 え ・・・ でも フィル あなたが
いえ 貴方も一緒に行くのよ! わたし達の世界へ! 」
「 ・・・ 僕は いいんだ ・・・
君と知り合えたことで 満足だよ 」
「 そんな ・・ 諦めた気持ちじゃ ダメよ!
わたし達 もっともっと絶望的な状況から ― 脱出できたわ! 」
「 ・・・ 」
「 外が 空がみたいのでしょう? 行きましょう 一緒に! 」
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ ありがと。
君のココロは本当だね ねえ 僕を見つめてくれる? 」
彼の ひんやりした手が 彼女の肩に置かれた。
「 ?? え ・・・? 」
「 ― ああ 青空だ ね ・・・ きれいだ・・・
ああ ずっとずっと見たかった ・・・ 」
彼は じっと彼女の顔を 瞳を見つめている。
「 ありがと。 青空を見て ゆけるなんて ・・・ 最高だ 」
「 な なにを言っているの 」
ありがとう フランソワ―ズ ・・・ !
さあ 君の世界に 帰るんだっ
きみを まっている腕の中に !
どんっ !!!!
― 突然 大きなチカラが彼女を押しだした。
「 !?? あ!? 」
灰色の靄の中 転げ出てしまった。
!? こ ここも あの世界 なの??
どうやってここから 逃れれば・・・・
−−− 見えない わ ーーー 聞こえない!
003の眼も耳も利かず 当惑していると ―
あ ・・・?
え ・・・ な なに・・?
フラン ・・・・ フランソワーズ 〜〜〜〜
ファンション ファン ・・・ !
どこからか 彼女を呼ぶ声が響いてくる。
ひとつ ではない。 複数の声が ヒトが 彼女を呼んでいるのだ。
「 ?? だれかが ― 呼んでる ・・・?
あ あれは ・・・! 」
ひら ・・・ ひらり ひら
灰色の靄の中に なにかが浮遊しているのに気付いた。
「 ・・・ わたし アレを知ってる・・?
なぜかわからないけど アレの肌触り 知っているわ わたし 」
彼女はその ふわふわした白っぽいモノに手を伸ばす。
ソレは 遠くて でも近い風にも感じ、もう少しで届きそう なのだ。
・・・ あれ 欲しいわ ・・・ !
もう すこし すこしだけ ・・
手をもうちょっと伸ばせば ― 精一杯ルルベをし手を差し出した その時。
目の前が 明るくなった。
あ。 ・・・ ここ?
「 フラン〜〜〜〜〜 !!! ああ 気が付いたんだね〜〜〜 」
「 ・・・ 」
目の前には 涙をぼとぼと落とす大地色の瞳が あった。
「 ・・・わたし ・・・ どうして ・・・?
ここは ・・・ え ?? 」
「 ここはね パリのきみの部屋だよ
きみは ずっと意識不明で昏睡していたんだ。 」
「 ― え ・・・ だって あの公園で・・・
急に身体が浮いて ・・・ わたし 吸いこまれてしまった わ ・・・ 」
「 そうなんだ。 ぼく達の目の前できみは空中に浮き上がった 」
「 ・・・ そう なの? 」
「 ああ。 ぼくがジャンプしてきみを連れ戻そう、とした瞬間に
― 突然 きみは落下してきたんだ。 」
「 え。 落ちた・・・ ? 」
「 ウン。 すごい勢いでね。 まるで ― 空中で誰かから
押しだされたみたい だった 」
「 ・・・ そう なの ・・・ 」
不意に 彼女を力強く押した、あの手の温もりを背中に感じた。
・・・ フィル ・・・
ああ やっぱり。
やっぱり
貴方がわたしを送ってくれたのね
フィル ・・・ フィリップ !
「 地上に激突する寸前に なんとか受け止められたよ。 」
「 ジョー ・・・ 加速装置・・・? 」
「 ― ちょこっと ね。
きみは怪我はしていなかったし なんの損傷もない ふうに見えた。
・・・・ だけど 」
「 ・・・? 」
「 だけど きみは意識がなかったんだ。 」
「 え ええ ・・・? 」
ジョーは加速装置全開で なんとか彼女を抱き留めた。
しかし ― 彼女は目覚めない。 ただ ただ 昏々と眠り続けていた。
「 眠っていた の ・・・? わたし ずっと ? 」
「 ああ。 機能データは全て正常。 だけど 意識だけがない。 」
「 え ・・・ 」
「 きみは ここ一週間、 眠り続けていた 」
「 イワン経由で 博士にきみの状態を診てもらったんだ。
博士は きみの身体的にはなんの問題はない と断言してくれた。
ただ 意識の問題は どうしようもない ってね 」
「 ・・・ そう ・・・
ね わたし ― 違う世界にいたの。 そこに幽閉されていて ・・・
戻りたい! って願って ・・・ 助けてくれるヒトがいたわ 」
「 きみを? そのヒトは ・・・ 」
「 わからない。 彼は 自分はいいからって わたしを助けてくれて 」
「 ・・・ そう なんだ ・・・ 」
ね これを・・・と ジョーはアイボリー色の布を彼女の肩に掛けた。
馴染んだ感覚が フランソワーズを安堵させる。
「 ・・・ 」
「 これ を ・・・ ずっと持っていてほしいな 」
「 ・・・ ジョー ・・・ なに ・・・? 」
「 スカーフ だよ。 」
「 ああ これ ・・・ わたし このスカーフを目印に ・・・
戻ってきた わ ・・・
このスカーフを ・・・ 手にとりたくて ・・・
手を伸ばして 背伸びして ・・・ そうしたら 声が聞こえたの。 」
「 声 ? 」
「 ええ ・・・ わたしを呼んでいたわ
ジョー、 あなたの声だけじゃないの。 そうよ お兄ちゃんも
ええ グレートや博士の声も 聞こえた ・・・ 」
「 そうか。 そうだよなあ ・・・
ぼく達 みんながきみを呼んでいたんだ。
こっちへ帰ってこい 目を覚まして・・・って 」
「 ・・・ ジョー ・・・ あなたが わたしを連れ戻してくれたんだわ 」
「 え えへ ・・・ お兄さんやグレートや 皆も さ 」
「 あなたが いるから。 わたし どうしても もどってきたくて 」
碧い瞳が じっとジョーを見つめる。
「 あ ・・・ あの ・・・ ぼく き きみが ― 」
「 フラン〜〜〜〜 ! 」
バタン !!! 蹴破る勢いでドアが開いた。
「 ファン〜〜〜〜 !! ああ ファン ! 」
「 マドモアゼル ・・・ ! 」
「 ・・・ お兄ちゃん グレートも ・・・ 」
「 ファン ファン ああ ああ〜〜〜 」
「 お兄ちゃんってば・・・ 」
兄は しっかりと妹を抱きしめた。
「 戻ってきた 帰ってきてくれたんだな ・・ !
ああ ファン ・・・ 生きてかえってきてくれたんだ 」
「 ・・・ お兄ちゃん・・・ 」
「 マドモアゼル。 熱いオ・レを淹れようと思ったが
博士と連絡できるぞ 」
グレートが タブレットを広げた。
「 え ・・・ まあ ・・・ 」
「 フランソワーズ。 大丈夫かい 」
「 博士・・・ はい ご心配かけましたが ・・・ 」
「 よかった・・・ ゆっくり休みなさい 」
「 もう大丈夫です ・・・ あの 博士 ― 」
フランソワーズは 彼女が < 居た > 世界について
全て話した。 覚えている限り、詳しく報告した。
「 わたし ・・・ 意識を失っていた、と聞きました。
だから 無意識下の幻影・幻聴 と言われても仕方ないのですが ・・・ 」
「 いや。 言下に言い切ることはできんと思うぞ 」
「 博士 」
「 いいかな。 無意識の中に呼びかけてくる ということは
我々の世界とは別次元で それ は 確かに存在する ということじゃ 」
「 え ― 」
「 別の世界から見れば フランソワーズは その窓口 に
なっていたのかもしれんな・・・ 」
「 そう です。 ええ 確かに。 そう言われました・・・
向うのヒトに。 でも科学的に証明はできません 」
「 フランソワーズ。 証明できることのみが真実ではないぞ。
君も そのことはよく知っておるであろうが 」
「 は はい。 はい そうですね。 」
「 こちらに戻ってきたら詳細を教えておくれ。 」
「 はい! すぐに 」
「 ああ ああ 故郷でな ゆっくりしておいで。
兄上とのんびり過ごすがいい 」
「 ・・・ うふふ ・・・ そうすると 拗ねちゃうヒトが 」
「 ああ? ・・・ ま 兄上に一発殴らせるんだなあ
元気な顔で もどっておいで 」
「 ありがとうございます 」
フランソワーズは タブレット越しに博士と笑顔を交わし通信を閉じた。
そして ―
あの世界は 確かに存在するわ
フィルは 今も ― あそこに ・・・!
― と彼女は確信していた。
コンコン コン −−− 優しいノックがドアを鳴らす。
「 はあい 起きてます〜〜 」
「 しっつれいしまあす♪ 」
ふわ〜り・・・ 優しいミルク・ティの香りが先に流れてきた。
「 お茶 持ってきたよ〜〜〜 グレート特選の銘柄だよ〜〜 」
「 わああ〜〜 グレートのミルク・ティって すご〜〜く美味しいのよ♪
やっぱりイギリス人には敵わないわね 」
「 ふふふ 淹れ方はスパルタで伝授されました 」
「 あら ジョーが淹れてくれたの 」
「 ま ね。 どうぞ〜〜 あ スカーフ、肩に掛ける? 」
「 ウン ・・・ メルシ〜 」
フランソワーズはベッドで身をおこした。
湯気の上がるカップを手にしたまま じっと窓の外を見ている。
「 ― あれ やっぱ美味しくない かなあ 」
「 あ ウウン お茶はすご〜く美味しいわ♪
ねえ ― 空がキレイね ・・・ 」
「 え あ そうだね〜〜 晴れたな〜〜 」
ジョーも 彼女の側に並んで座った。
「 いい天気だね 」
「 散歩 したいなあ 」
「 もうちょっと ― ぼんやりしていなよ。 」
「 はあい ・・・ ああ いい日ね ・・・ 」
「 うん あ ― どうした ? 」
突然 ― す ・・・・っと 彼女の微笑が消えた。
「 ・・・ 偉そうなこと 言えないわ。 わたし・・・ 」
「 え? な なに ・・・? 」
「 ― だって わたし どうしても どうしても 戻りたかったの!
こちら側へ ・・・ 皆の お兄さんの、 ジョーの側へ 」
「 フランソワーズ ・・・ 」
「 皆が、 望むヒト、 誰もが この世界に来られたら ・・・って思うけど
― でも それは ・・・ 」
「 ・・・ そうだね 」
「 わたし ・・・ 貴方 わたしの代わりに行って って言えなかった
言えなかったの !! 」
「 フラン ・・・」
「 か 彼は ・・・ わたしを返してくれたのに !
自分はいいんだって 青空が見られたから いいんだって! 」
「 フランソワ―ズ フランソワーズ! 」
ジョーは 柔らかく彼女を抱くことしか できない。
「 わたし 利己的で自分勝手で 卑怯者だわ ・・・! 」
「 フラン フラン そんな風に言うな。
きみだけじゃない それは ぼくだって 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 哀しいわね 情けないわね 悔しいわね 」
「 そうだね ― せめてぼくらは この感情を忘れないでいよう 」
「 そう ・・・ そう ね ・・・
それしか できないわね 」
「 本当に情けないけど さ 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
フランソワーズは 彼の腕の中でゆっくりと身体を動かした。
べッドの横には 大きな窓がある。
「 ね 開けて ? 」
「 ・・ いいけど 寒くない? 」
「 いいの ― 空が みたい ・・・ 」
「 わかった 」
カタン ー 清冽な空気が 飛び込んできた。
「 ねえ ― キレイな青空 ・・・ 」
「 ・・・ ウン 」
「 誰もが こんな空の下で笑って生きてゆければ いいのにね 」
「 ・・・ フラン ・・・ 」
「 わかってるわ ジョーの言いたいこと。
でも ― わたし 本当にそう思うの
誰もが あなた と わたし と 平和に生きてゆけたらなあ って 」
「 そうだね ・・・ 」
「 ・・・ ああ ああ 本当に ・・・ 」
「 フランソワーズ ・・・ 」
「 ・・・ ジョー 」
二人は 身を寄せ合い腕をまわし合い ― 心から祈った。
だれもが この空を分け合えたら !
ああ せかいじゅうの だれもが
なかよく へいわに くらせますように ― と。
************************ Fin.
*************************
Last updated : 03.08.2022.
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**************** 後書き ******************
すみません、途中で 進路変更? をしたので
伏線をひとつ、拾えておりません <m(__)m>
でも! どうしても。 こんな時勢な今、
009を愛するものとして ―
あの言葉 ↑ を どうしても どうしても記したかったのです。
そして NO WAR